2019年8月23日(金)21時~23時4分まで、金曜ロードSHOW!「崖の上のポニョ」が放映されますね。
主題歌とともに宮崎駿監督の傑作で、さかなの子・ぽにょと5歳の男の子・宗介(そうすけ)の冒険ファンタジー。長い間愛されているアニメ映画ですね!

こんにちは、小法師です!

今回は大人気アニメ映画「崖の上のポニョ」で話題になった「親の呼び捨て問題」について考察してみたいなと思います。

言い換えれば「5歳児が両親を呼び捨てにしている」ということ。これは親の方針として呼び捨てにしているのではないか?という考えもあります。

今回は、子どもが自分の両親を名前を呼ぶ点について私なりに理由を考察したいなと思います。

早速いってみましょう!



崖の上のポニョのそうすけの親呼び捨て問題って?

親を呼び捨てにする宗介(そうすけ)

画像引用:宗介 http://www.ghibli.jp/ponyo/press/character/

崖の上のポニョには様々な人物が登場します。魚の子・ポニョと5歳児の男の子・宗介(そうすけ)を中心物語は進んでいきます。その5歳の男の子・宗介(そうすけ)が、自分の母親と父親を「りさ」「耕一」と呼び捨てにしているんですね。

その「子が親を呼び捨てにする」ということについて、「いったいどうなんだ?」という声が多数あり、ネットでもそのことについて話題になりました。

「主人公の少年が自分の親を呼び捨てにすんのが、個人的には受け入れられんのだ。」と受け付けられないという声。

「ポニョはそんな好きじゃない映画」とあり、その理由のひとつが「ソウスケは親を呼び捨てにして」とあります。

宗介(そうすけ)と同年代の子が主役のアニメ「クレヨンしんちゃん」を引き合いにしている方も。「ポニョのクソガキが母親呼び捨てにしてるのに特に何も言われてないのは未だに納得いってない。」と強い口調で拒否されてますね。

ネット上でも「子が親を呼び捨てにする」ことに対しては否定的な意見が出ていました。

では、この「崖の上のポニョ」における「親の呼び捨て問題」はどういう視点で描かれたのでしょうか。考えてみました。


母・りさや父・耕一の方針なの?

りさの夫であり宗介の父・耕一

画像引用:宗介の父親・耕一 http://www.ghibli.jp/ponyo/press/character/

宗介(そうすけ)が両親を「りさ」「耕一」と呼ぶようになったのは、どういう経緯があったのでしょうか。あくまでも推測ですが考えてみたいと思います。

「呼び捨てにしてもよい」という教育方針

まず考えられるのは母親のりさと父親の耕一の教育方針であるということ。

生まれた時、人はなにも知識や経験を持ち合わせてはいません。身近にいる人から多くの言葉をかけれて言葉を話せるようになるのと同じように、多くの知識や経験を得ます。

宗介(そうすけ)は5歳児です。5歳の段階で親を名前で呼び捨てるということは、身近にいる親・りさと耕一がそのように宗介(そうすけ)を教育してきたと考えるのが一般的ではないでしょうか。

親の真似をする宗介(そうすけ)

教育と言った硬い話ではなく、ただたんに仲の良いフランクな関係の2人を見た宗介(そうすけ)が真似をしただけかもしれません。

りさが夫である耕一を「こういち」と呼び、耕一が妻であるりさを「りさ」と呼び合っていた。会話の中に「お母さん」「お父さん」というものは一切なければ、宗介(そうすけ)が2人のことを「りさ」「耕一」と呼ぶのはおかしくはないでしょう。

この場合は、「親を呼び捨てにしていも良い」を容認していたということにもなりますので、やはりりさと耕一の教育方針であると考えるのが普通なのかもしれません。

宮崎駿監督の視点で考える

もうひとつ違う視点で考察してみたいなと思うのですが、それは監督である「宮崎駿」がどう考えていたのかということです。

「崖の上のポニョ」の公式サイトを見ていて、ふと気になるイラストがありました。プロデユーサーである「鈴木敏夫さんが描いたもので、そのイラストの中に、次のような一文があったんです。

崖の上のポニョについて鈴木敏夫プロデューサーの言葉

引用:どんな時代であれ、5歳の少年から見た 世界は美しく生きるに値する

いくつになっても、子供にとって、母の存在は、大きくそして深い」と右下にあります。これがどういう意味なのかなと思ったんですね。

私なりに解釈をすると「母親はいくつになっても『私という個人』を、ひとりの人として対等に扱ってくれた」ということです。

母親は、子どもがどんな状態であっても愛情深く見守ってくれています。時に叱られ、時に抱きしめてくれる存在です。それは子どもである私を「ひとりの人として対等に扱っている」という証ではないでしょうか。

このことを宮崎駿監督は宗介(そうすけ)が「りさ」「耕一」と呼ぶのを単に「親を呼び捨てにしている」ということではなく「親と子は対等である、ひとりの人である」ということを伝えたかったのかなと考察するのです。

宮崎駿監督の言葉ではなく、鈴木敏夫プロデューサーの言葉から読み取ったものでもあり、あくまでも私の主観ですので、ご容赦くださいね。


世間一般的に子どもは親をどう呼ぶの?

崖の上のポニョの世界において、宗介は両親を呼び捨てにし、否定的な意見が多く見受けられます。

では、私たちが日常的に住む世界において、子どもは親のことをどう呼んでいるのでしょうか。「ベネッセ教育サイト」が2009年に高校生以下の子どもをもつ保護者1,338人を対象に「親子の呼び名」をテーマにアンケートを行ったところ、以下のような結果になったそうです。

家庭内であなたはお子さまから普段どう呼ばれていますか?に関する回答

引用:ベネッセ教育サイト

宗介(そうすけ)のようにお父さん・お母さんといった一般的な名称ではなく、あだ名やファーストネーム(宗介からすれば、りさや耕一のこと)で呼ぶ人は全体の1.5%はいるそうです。

この回答から判断すれば、宗介(そうすけ)が両親を「りさ」「耕一」と呼び捨てにしているのは、とても珍しいことだとわかります。


親を呼び捨てにすることについての賛否両論

では親を呼び捨てにすることについて、どのような意見があるのでしょうか。これもまた、賛否両論の意見がありました。GMOが運営している「めるも」からの引用です。

子供が親をあだ名や名前で呼ぶことに関しては、いろいろな意見があるようです。

賛成派
親は子供の支配下にあるわけではない。対等な人格であり、お互いを尊敬する気持ちさえあれば、どんな呼び方でも関係ない
友達のような仲良し親子関係でいられる
人前でさえ、きちんと「お父さん」「お母さん」と呼べばよい
TPOをわきまえていれば、家庭内では自由でよいのでは
離婚や再婚なども増えているからこういうケースも仕方がないのでは

反対派
古い人間からしたらありえない
親子関係がないみたいでイヤ
親は親でなくてはいけない
親を呼び捨てにしている子供は、上司など目上の人も呼び捨てしそう
違和感がある
常識以前の問題だ

「親を呼び捨てにする」というだけで、これだけの賛否があるんだと気づかされます。

私の意見としては「TPOをわきまえること、相手を敬うこと」これを忘れなければ、親に対しても呼び捨てでもいいのではないかと思います。

最近は社会に出ても「●●社長」ではなく「●●さん」と呼んでもいいというように関係性がフランクになってきている社会でもあります。とはいえ、そこに敬うということが無くなっているというわけでもないとは思います。

表現されていることだけに目を向けるのではなく、想いを汲み取るということも大切ではないでしょうか。


崖の上のポニョのそうすけの親呼び捨て問題に関する考察まとめ

今回は、宗介(そうすけ)が親を呼び捨てにする問題について考察してみました。

世間的にも親を呼び捨てにするというのは非常に珍しいケースです。映画の中とはいえ、子が親を呼び捨てにしているのは、りさや耕一の教育方針であると考えられます。

しかしながら、その奥には宗介(そうすけ)を「ひとりの人間」として対等に扱っているという想いが隠れているのではないかと思うのです。

今回は以上となります。

お読みくださり、ありがとうございましたm(__)m